地域の不登校や孤立、生活困窮のような課題は、一つの団体が良い事業を実施するだけでは解決しません。行政やNPOだけでなく、学校と医療機関も関わります。企業や地域住民を含め、それぞれが持つ制度や行動も変える必要があるからです。

コレクティブインパクトは、こうした複雑な課題へ複数の主体で取り組む枠組みです。共通の成果を定め、学びながら行動をそろえます。団体同士が連携しているだけでは、コレクティブインパクトとは呼べません。

一方、答えが分かっていて一つの組織で実行できる課題には、負担の大きい枠組みを導入する必要はありません。自分たちの課題に向くかは、一つの組織で解けるか、複数の主体による行動の変化が必要かで判断します。取り組む場合は、個別の評価手法より先に共通の成果と役割を合意します。

コレクティブインパクトとは

コレクティブインパクトは、異なる分野の主体が、特定の社会課題について共通の成果を目指す取り組みです。John KaniaとMark Kramerが2011年に発表した論文では、単独組織の活動ではなく、分野を越えた協調によって大規模な変化を生む考え方として示されました。

その後の実践を踏まえ、現在のCollective Impact Forumは定義を更新しています。地域の当事者と組織、制度を担う機関がともに学び、行動をそろえるネットワークです。その目的には、公平性を高めながら集団や仕組みの変化を目指すことも含まれます。五つの条件は残っていますが、地域の事情に合わせる指針であり、成功を保証するチェックリストではありません。

この枠組みが目指すのは、参加団体の事業を同じ形にすることではありません。共通の成果に向けて、各団体が異なる強みと権限を使い、互いの活動が補い合う状態をつくります。

向いている課題と向いていない課題を分ける

採用を決める前に、その課題が複数主体の行動変化を必要とするかを確認します。名称を付けることよりも、課題の性質に合う協働方法を選ぶことが先です。

向いているのは、原因が複数の制度や生活環境にまたがり、解決策をあらかじめ一つに決められない課題です。一つの団体だけでは成果を管理できないことも条件になります。行政と民間に加えて地域の行動も変える必要がある場合は、共通の学習と調整へ投資する意味があります。

反対に、課題と解決策が明確で、一つか少数の組織が実行できる場合は向きません。原論文は、奨学金の給付や施設の建設を単独組織が担える例に挙げています。既知の業務改善も同じです。

目的が単発イベントの共同開催なら、一般的な業務提携で足ります。紹介先の共有や情報交換であれば、連携会議の方が軽く運営できます。

複雑な課題であっても、参加者が時間を出せなければ運営は続きません。調整を支える資金や、データを共有する合意も必要です。これらがない段階で始めると、会議だけが増えます。この場合は枠組みを掲げず、参加条件を整えることから始めます。

五つの条件は協働を運営する基盤

原論文が示したのは「五つの原則」ではなく、成果へ向けて行動をそろえるための五つの条件です。名称だけを採用せず、各条件が会議と実務に現れているかを確かめます。

条件実務で決めること形だけにしない確認
共通のアジェンダ課題の定義、対象、目指す成果、基本方針各団体が同じ言葉で成果を説明できるか
共通の測定少数の共通指標、定義、収集方法、確認頻度数字を報告だけでなく改善に使っているか
相互に補強し合う活動各組織が担う異なる役割と接続点活動の重複や抜けを話し合って直せるか
継続的なコミュニケーション会議の頻度、共有方法、対立を扱う手順意思決定に必要な人が継続して参加するか
バックボーン調整、進行、データ、広報、資金を支える機能専任の時間と費用が確保されているか

共通指標は、参加団体の全評価指標を一つに統合することではありません。集団全体の成果を追う少数の指標を共有し、各団体は自分の事業を管理する指標を別に持てます。役割も同じにせず、互いの活動が成果へどうつながるかを説明できる状態にします。

バックボーンは参加組織の上位組織ではない

バックボーンは、各組織へ命令する司令塔ではなく、協働を止めないための実務機能です。会議を進行し、関係者の参加と情報共有を支えます。データの収集と解釈や、資金計画も日常業務に含まれます。

一つの中間支援組織がすべてを担う必要はありません。複数組織へ機能を分けることもできます。ただし「事務局は既存業務の合間に行う」という設計では、参加調整とデータ更新が後回しになりやすくなります。担当者と意思決定権に加え、稼働時間と予算を明示して初めて機能します。

バックボーンが進行を担っても、成果に対する責任は参加組織から移りません。行政は制度を変更し、支援団体は事業を改善します。資金提供者も配分を見直すなど、各主体が自分の権限で行動する必要があります。

当事者を意思決定の中心に置く

制度や資金を持つ組織だけで課題を定義すると、支援を受ける人の経験とずれることがあります。原論文から十年後の提言では、この反省から公平性を中心に置きました。課題の影響を直接受ける地域住民や当事者とともに意思決定することも、枠組みへ加えられています。

当事者参加は、意見を聞く場を一度設けることではありません。課題の定義と目標から関わり、指標の解釈や解決策をともに考えます。評価にも継続して関わり、制度や資金を持つ参加者と意思決定を共有できる状態を指します。当事者の経験は、集計データだけでは分からない原因や障壁を理解するための情報でもあります。

参加者を増やすだけでは、発言力の差は解消しません。誰が議題を決めるか、反対意見をどう記録するか、当事者の参加に必要な時間や費用をどう支えるかまで設計します。これは公式条件の翻訳ではなく、日本の現場で形式的な参加にしないための実務上の確認事項です。

始める前に三つの前提を確認する

Collective Impact Forumの開始前評価は、三つの前提条件を挙げています。一つ目は影響力のある推進者、二つ目は計画と運営を支える十分な資源です。三つ目は、新しい方法で課題へ向き合う緊急性です。三つがないまま五条件を整えても、参加組織の行動は変わりません。

推進者は、肩書のある発起人だけでは足りません。制度や資金を担う人に加え、現場と当事者の領域からも決定を持ち帰って動かせる人が必要です。資源は会議費だけではありません。バックボーンの人件費とデータ管理費に加え、当事者参加や検証に使う時間も含まれます。

緊急性は「課題が深刻だから急ぐ」という意味だけではありません。従来の個別事業では成果が頭打ちになり、参加者が自分たちの行動や資源配分を変える必要を共有している状態です。前提が不足している場合は、すぐに計画を作らず、推進者の合意と運営資源を先に整えます。

最初の合意は成果と参加ルールまで決める

取り組みを始める段階では、理念文より先に成果と測定方法を文書にします。役割と意思決定の境界も残します。すべてを確定するのではなく、検証しながら更新する範囲も合意しておきます。

成果の対象と範囲を一文にする

「子どもの貧困をなくす」のような広い目標だけでは、活動を選べません。誰のどの状態を、どの地域でいつまでに変えるのかを一文にします。対象外とする範囲も確認します。当事者を含む参加者が、課題の原因と目指す変化を同じ意味で説明できることが出発点です。

共通指標とデータの扱いを決める

成果を表す少数の指標について、定義と取得元を決めます。更新頻度と集計責任も必要です。個人情報を含む場合は、共有範囲と目的も先に定めます。取得できない理想的な指標を並べるより、現状値を確認でき、次の判断に使える指標から始めます。

役割と意思決定の方法を残す

各組織が担う活動と、バックボーンの機能を記録します。意思決定者や費用負担に加え、対立時の扱いも必要です。全会一致にこだわると判断が止まり、事務局へ任せきると参加組織の責任が薄れます。何を全体で決め、何を各組織へ任せるかを分けます。

小さく始めても構造は省略しない

コレクティブインパクトは、参加団体を多く集めることから始まりません。対象地域や課題の一部から始める場合でも、共通の成果と少数の指標が必要です。異なる役割と継続的な対話に加え、バックボーンという構造も保ちます。

最初の一歩は、関係者を集めて名称を決めることではありません。現在の課題について、一つの組織で解ける部分と、複数主体の行動変化が必要な部分を分けてください。後者があり、三つの前提を整えられるなら、当事者を含む少人数で成果の対象と参加ルールを書き出すところから始められます。